ただの言葉

愉快なオタクになりたい

亡霊は、いつか消える

ジャムのネタバレしてるよ!見たくない方はブラウザバックでお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016年1月17日はなんの足音もたてずにやってきた。「大倉忠義が腸閉塞のためオーラスを欠席」。信じられなかった。その時は心から彼の身体が心配だったけれど、彼が回復して私自身や周りの人が少しずつ日常を取り戻してきたら、映像化についての不安が脳裏を過ぎるようになった。

私は元気が出るLIVEがとても好きだ。とても、好きだった。自担である丸山隆平さんが自分で掴み取ってきたがむしゃら行進曲を、大きなセンターステージで1人歌い踊った元気魂が大好きだった。7人のキャンジャニちゃんが好きだった。倉子ちゃんと丸子ちゃんのやり取りが好きだった。夏の恋人でカメラを独占する丸山さんを突き飛ばす大倉さんが好きだった。7人のWASABIが好きだった。でも、その全ては私の記憶にしか残っていない。悔しかった。悲しかった。私が愛したあのライブの完成系が手元に残らないだなんて、東京ドームに通い詰めた4日間の中で1秒だって思いもしなかったのに。でも実際のところ私はそれを手にしていないし、きっと永遠に手にすることは出来ないのだろう。そして永遠に手にすることが出来ぬ元気魂を、私は永遠に恋うのだと思う。

私の中には、今だって元気が出るLIVEの亡霊が住んでいるのだ。

誤解をうみそうなのでここで断言しておくと、私は大倉さんのことは一切恨んでいない。どれだけ体調管理を徹底したとしても、人間ダメになる時はダメになるものだから。しゃーないもんはしゃーない。

そんな亡霊と過ごした1年半は、正直心の一部分が死んでたようなものだった(実際、一切買う予定がなかったのに1月20日発売のNEWSのシングルを何も考えずにフラゲしてたあたり、判断力も死んでいたのかもしれない。そこから私がHey! Say! JUMPとNEWSという深すぎる沼に沈むのは、きっとあの日の衝撃と関係のない話ではない)。レコード会社への恨みつらみをここに書いたところでどうしようもならないから割愛するが、DVDのファイルを開くどころか、最近まで元気が出るCDすら聞けなかったぐらいには亡霊は根強かった。

 

そんな亡霊が、今日少しだけ成仏した。

 

WASABIのイントロを聞いて「セトリ知らなかったからまさに不意打ちWASABIじゃん?」とへらりと笑えたのは一瞬だけ。大倉さんがあの時と同じように綺麗な金髪を靡かせたこともあってか、すぐに私の脳裏には赤い衣装をヒラヒラとはためかせて舞い踊るあの4日間の彼らが浮かんだ。もしかするとこれがフラッシュバックなのかもしれないなどと考える余裕は当たり前になく、ただひたすらに「このまま、7人のまま映像に残ってくれ」と願うことしか出来なかった。あの4日間とは違う場所からあの時より少し歳を重ねた彼らを見ることで、「あの時の彼ら」を「今の彼ら」で上書きすることで、条件反射的に引き起こされる不安が少し和らぐことを私は願った。完全にエゴである。どうしようもないくらいにエゴだけど、私が彼らをまだまだ先まで好きでいるためにはこれがどうしても必要だったと思っている。彼らがWASABIを歌い終わった時に、亡霊の影が少しだけ薄まった気がした。このコンサートが無事に映像になった時、また少し亡霊は影を薄めるだろう。

 

今日、私の中に息衝く元気魂の亡霊の影が少しだけ薄まった気がした。しかし薄まった気がしただけで、まだまだ亡霊は息をし続けている。未だに彼らに期待することが怖いし、彼らが世に放つ作品をワクワクしながら待つことが出来ない。期待をすることによって違うものが来た時に落胆するのであれば、全く期待しないでその瞬間に感じたワクワクだけを掻き集めて抱えておきたい。これ以上彼らに関することで落胆したくない。「え!今回のエイト思ってたより全然いいじゃん?!」でしか楽しめない私のことを腹立たしく思う人もいるかもしれない。ていうか私自身がそう思っている。でもこれが私なのだ。落胆が怖くて元気魂以来DVDは一つも買えていないし、まだまだ見終わってないPVがいくつもある。元気魂以来コンサートは1度ずつしか入っていない。それでも私は彼らのこれからを見たいと思うし、15周年、あわよくば20周年を迎える彼らに祝福の言葉を笑顔でおくりたい。だから私は亡霊を生み出した「トラウマ」を、少しずつ誤魔化したり乗り越えたりしながら小さくしたい。

私の心は、オーラスの当日・DVDの詳細が出た日・DVDを再生した日に、それぞれ一度ずつ大きな怪我をしたようなものなのだ。ジワジワと心が砕かれ、リハビリが必要なほどの痛手を負った。今がそのリハビリ期間なのだと私は思う。一気に亡霊を消すことなんて不可能だ。だからできる範囲で、時に少しの無理もしつつ彼らと向き合いたい。いつになるか分からないけれど、亡霊が私の心から消えたのならば、手放しで彼らに期待して思いっきりワクワクしよう。純粋に彼らを好きでいられた頃のように。