ただの言葉

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成長譚としての泥棒役者~泥棒役者初見感想~

泥棒役者をみた。泥棒役者、それは自担である丸山隆平さんの初主演映画である。私の中では、初めて好きになった錦戸亮さん、最も長い間1番であった丸山さん、今の1番である加藤シゲアキさんはすこしばっかし特別な所にいてもらっているのだが、私が好きになったとき、既に錦戸さんは「初主演映画」を経験していた。加藤さんは、小説の映画化こそあれど、まだ「初主演映画」はない。つまりこの泥棒役者こそが、私にとって「初めて自分にとって特別な人が映画主演を果たした」ということになるのだ。

きっとこれを読んでいる方も何かしらのオタクをしているからこれを読んでくれているのだろう。ならば分かるはずだ。推しが初めて主演した映画を見終わったオタクがどうなるかを。

正直、ちょーーーやばい。

なんか気付いたら世界回ってた。グルグル回りすぎて目が回ってるためか何が起きたのか理解が追いつかない。とりあえず世界が最高に私のために回ってることだけは察した。

なにってまず自担の顔が、整っていて見ているだけで癒される顔(※効果には個人差があります)が、スクリーンいっぱいに映し出されるんだ。ワクワクするじゃん!事実めっちゃワクワクしました!その上この映画、コメディータッチだから随所に ドッ /ってなるシーンが挟み込まれる。私が観た回はオバチャンが先陣を切って ドッ /を作ってくれたおかげで、劇場全体でゲラゲラ笑えた。勝手に応援上映してごめんな劇場の人。

 

しかし「じゃあつまり泥棒役者ただのコメディー映画なのかい?」と問われたら、「そうではない」と断言出来る。これは主人公である大貫はじめを筆頭にした主要登場人物全員の成長を描いた物語なのだ。

ここから先は本編のネタバレを含むので、鑑賞予定のある人は各々で対処してほしい。

 

成長譚としての泥棒役者

大貫はじめは、引きずられるがままに豪邸の鍵を開け、勘違いされるがままにこの家の主と言われれば肯定し、編集者と言われても肯定し、絵本作家と言われてもなお肯定する男だ。その上半年付き合った彼女に未だに自分が昔少年院にいた事も言えていない。きっと彼は今まで繕うことでその場を濁し、ダメ押しにヘラッと笑って終わりにしていたんだろうなぁと思わせる男だった。しかも自分の意見も言えなさそう。でもそんな彼はこの騒動を通して変わる。物語の終盤で「金庫の中に入っていた原画を寄越せ」と迫られても「先生に渡すために金庫を開けたんだ!」と主張して譲らない。張り倒されて足蹴にされてもだ。そしてストーリーの最後には自分が犯した過去の罪も彼女に伝えた。幼い頃に孤独だった彼を支え導いた作品の言葉が、歳を重ねた彼を再び導き成長させる。この泥棒役者という作品は、ある意味大貫はじめにとっての通過儀礼を描いた物語なのではないかとすら思える。

この物語の中で成長するのは大貫はじめだけではない。絵本作家の前園俊太郎もまた成長したひとりだ。大ヒットした彼の絵本「タマとミキ」は彼と奥さんの話だった。その為にギクシャクしたまま死別した奥さんのことを思うと、どんなに頼まれても「タマとミキ」の続きを書けなかった。奥さんの気持ちが分からなかったからだ。しかしはじめが開けた金庫の中にあった奥さんの手紙を読み、それと向き合うことで続編を書くことが出来た。編集者の奥江里子は、以前の失敗(これについてはあまり深く語られていない)が故に、編集長から自分の意見を言わないようにとキツく言われていたが、4人で企画を進めるうちに作家に対して意見を述べることへの躊躇いがなくなっていった。セールスマンの轟良介は空気が読めるようになった(と思う。微妙だけど)。先輩の畠山則男は、泥棒から足を洗い働くようになった。全員がこの騒動を通してそれぞれ自分の課題と向き合い、一歩先へと成長している。それが泥棒役者なのだ。

 

泥棒役者における成長

先述の通り、泥棒役者における「成長」というのは「向かい合うこと」だった。はじめや畠山は過去の過ちと向き合った。前園は亡くなった妻と、奥は過去の失敗と、轟は現在の自分と向き合ったことで、それまで抱えていた問題を改善することができた。その中でも、大貫はじめと前園俊太郎は相互に向き合うきっかけを与えあっていたように感じた。そもそもはじめの幼少期を支えたのは「タマとミキ」の「まだまだ終わりじゃないニャー!」というセリフであった。なにより、前園が言った「それは過去と向き合ってないということではないか、君は過去と向き合うべきなんだ」というようなニュアンスの言葉は、はじめにとって大きな意味を持っていた。前園のその言葉をきっかけとしてはじめの行動が変わり始めたように私には見えた。また前園にとってのはじめも、かなり大きな意味を持っていたのだろう。金庫から長い間取り出せなかった原画を取り出したのもはじめだし、前園の妻が遺した言葉の意味を前園に伝えたのもはじめだった。そして「奥さんの意思を汲み取って続編を書くことがあなたにとっての向かい合うことなんだと思います」みたいな言葉(ごめんこのセリフ微妙にしか覚えてないから結構捏造してるかも。でも「続編を書くことが向かい合うこと」という旨の話はしていた)が、前園の背中を押して続編を書くことに繋がっていた。

「タマとミキ」のタマのセリフを自身に重ねていたはじめと、「タマとミキ」のタマのモデルである前園。ある意味彼らはこの作品の表と裏の主人公であったのかもしれない。(そう考えると大貫はじめと前園俊太郎だけが公式ホームページのキャスト欄で大きく表示されていたことも頷ける)

 

泥棒役者総括

私はこの泥棒役者をみてめちゃくちゃに泣いた。もちろんストーリーが良かったこともあるのだが、丸山さんの初主演映画がとても素敵な話だったことが嬉しかったのだ。だってもうぴったりじゃん。はじめの彼女も言ってたけど、はじめって根はすごく礼儀正しくていい子なんだろうなって感じで。しかも成長後のはじめの譲らなさというかある種の頑固さというのは、私が丸山さんからたまに感じているそれに凄く似ていた。オドオドしてても、一つ芯を通していても丸山隆平らしさを感じる。そんな役を自担がやるなんて本当に嬉しかった。あとやっぱりエンドロールで「丸山隆平」って名前が1番に出てきたことと、そこで流れている曲が関ジャニ∞の曲だったこと。それがめちゃくちゃに嬉しかった。ドラマタイアップだったりCMタイアップだったり他のメンバーの映画のタイアップだったりっていうのは何度も経験してきた。でも、自担の初主演映画のエンドロールで聞く自軍の曲ほど嬉しいものはないんだなって思う。そんな嬉しさを味わわせてくれた丸山さんには感謝しかないし、本当に本当に本当に丸山さんの事を好きになれて良かったと思う。

もう二度とない「初めて自担の初主演映画を映画館で見る」という経験を泥棒役者ですることが出来てよかった。本当はあと5回くらい行きたいけれど、時間が無いことがとっても悔やまれる。とりあえず一夜明けたらパンフレットをじっくりと読みたいと。泥棒役者、大ヒットしますように。あわよくば私の最寄りの映画館でも上映されますように。